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「小学校の英語教科化」が直面する4つの課題」東洋経済オンラインから~

「小学校の英語教科化」が直面する4つの課題

 

東洋経済オンラインで目にしたのが、こちらのテーマです。

ラボ教育センター 教育事業局長、木原 竜平 という方が、2017年12月21日付で書いています。

http://toyokeizai.net/articles/-/201962?page=2

 

これを読むと、日本の小学校から英語を学ぶ背景に、現場の先生たちの大変さが伝わってきます。

以下ポイントをここで抜粋して概略をご紹介してみます。

 

2020年、日本の英語教育に大きな転機が訪れます。

この年から、小学3、4年生では外国語活動が、5、6年生では外国語科が始まるのです。日本の公立

学校では外国語とはすなわち英語ですから、2020年からは、英語が小学校で教科に「昇格」するわ

けです。

とはいえ、英語活動は教科ではないため、教科書もありませんし、成績もつきませんでした。さ

て、今回文部科学省が発表した新学習指導要領では、英語は教科になるため、教科書が用意され、

通知表にも成績がつくようになります。

これまでの活動では、英語に「慣れ親しむ」ことが目標でしたが、教科では「できるようになる

(定着する)」ことが目標となってきます。そして小学3、4年生では、これまで小学5、6年生で行

われてきた英語活動が必修となります。

1つ目は、小学校で英語を学ぶ意味が明確でないということです。

「グローバル化=英語化」であるとあおり立てるような教育では、これからの社会の中で真のグ

ローバル市民として活躍する子どもたちを育てることはできないでしょう。

英語さえできればグローバル市民になれるというわけではありません。

グローバル市民を育てるには、何よりも世界の多様性、人間の多様性、言語と文化の多様性を認識

する教育が必要です。いま一度小学生年代で英語を学ぶことの意味を、学校や保護者が把握し、社

会全体で共有する必要があります。

 

2つ目は、教科書と教え方の問題です。

文科省は今秋、新要領に対応した小学5、6年生の教科書『We Can!』(2020年までの移行期間向

け)を発表しました。たとえば、新教科書では(小学3、4年生での英語活動も踏まえたうえで)耳

で聞いた英語音声を読む・書く活動を行うことになっています。

 

3つ目は、指導者研修の問題です。これまでの小学校教員の中で英語の指導を学んだことのある人は

ほとんどいません。現場の先生たちに調査(文科省2017)すると、小学校教員で英語教員免許を

もっている人はわずか5%です。また、海外での留学経験のある先生も5%でした。

もう1つは、評価の問題です。前述のとおり、英語活動から英語科になると、通知表に評価がつくわ

けですが、前例がないだけに、評価の基準を設けるのは容易ではないはずです。

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 私見。。。この記事の小学校での英語教育導入について、個人的な意見は、「ようやく、やっと

そこまで来た!」という感じがシマス。

よくわかっていらっしゃる親御さん、弊社のお客様であれば、小学校の夏休みのうちから、毎年、

スイスのサマーコースへお子さんを送って、実践と避暑を兼ねて、すでに体験させているからで

す。

とりわけ将来、お子さんに経営者として、家族経営を継いで欲しいと望んでらっしゃる親御さんと

もなれば、普通の学校教育がやることを待っていられないので、もう素早く行動に移していらっ

しゃる、ということなのです。夏休みの後は、正規留学させるというパターンも、もちろんあります。

日本の学校教育を否定しているのではなく、いいところも沢山あります。

日本の中だけにいても、価値観が多様化されないので、日本の子供たちこそ、若い時に、海外経験

をさせてみることで、いい刺激になるし、行動力もついてくると思います。

まずは、欧州という遠い場所へ来ることで、外国イコール米国、外国語イコール英語、外国人

コールアングロサクソン系だけではないことを知って、体験して欲しいです!、更に、欧州文化歴

史にも触れて欲しいですね!

英語はあくまでもコミュニケーションツールなので、外国に来たら、綴りと文法ばかり気にする

のではなく、世界の国から来ている子供たちと触れ合うことこそが最初の目的です。

 

スイスジャパンサポート、近藤


東洋経済から:“日本の学校教育が国際的に全然悪くない理由” 教育研究者ルーシー・クレハンについて、私の経験を交えての考察

東洋経済から:“日本の学校教育が国際的に全然悪くない理由” 教育研究者ルーシー・クレハンについて、私の経験を交えての考察

 

東洋経済に、日本の教育と外国の教育との違いについて言及している記事(2017年11月2日付)がありましたので、ご紹介しながら、私自身のスイスでの経験から書いてみます。「」は記事の引用文です。

 

まず、西欧の公立小学校から、学力別にクラス分けをしています。この記事では、イギリスの学校がそうだ、と書かれていますが、ドイツやスイスでも同じです。つまり、日本よりもシビアな面があります。

日本の中学校の校長先生が、日本でそれをしない理由として、「日本には、万人に等しい教育を受けさせるという非常に強い信念があります。そういう伝統なのです」と言っています。

また、記事の中で、「努力によって物事は達成されると考える日本の子どもたちは、失敗したときにも、その失敗に刺激されてさらに頑張る。西欧の普通の子どもたちとは正反対だ。」と指摘しています。この辺の話も、私は子育てをして来て、西欧で経験しています。

次に、塾についてですが、スイスの公立の小中学生でも、個人教授式の塾はあることはあります。昔、私の娘の同級生の母親が、彼女の娘が高校へ行く進学コースの成績に若干届かないというので、塾へ通わせていました。

但し、スイスの場合も、この記事と同様に、日本の親が思う様な、“努力すればかなう“とは逆でした。向うの両親も、進学かどうかについては、ある程度、すでに決まっていると思っている感じが強かったです。ですから、日本の様に、多くの子供を塾へ通わせることはありません。

記事では、日本的な考え方としての違いが、結論的に書かれています。「日本の子どもたちも、人によって生まれつきの能力の違いがあることを認識してはいるが、それより努力のほうが成績を上げる力があると考えているのだ。」

この様な記事の内容と、スイス現地での語学学校の経験から、私が思ったことは、“日本の学校はクラスの中レベルに合わせるが、スイスの場合は、むしろ出来る生徒に合わせる”、という違いが見受けられることです。

日本の場合は、多数派である、中レベルに合わせることで、クラスの平均点を上げます。

それに対して、スイスの様に、出来る生徒に合わせた場合、出来る生徒が暇になることはありませんが、出来る人と出来ない人との差が開きます。

但し、こちらの公立学校では小学校高学年から、すでに学力でクラス分けされるので、そういう意味では、差が開きすぎる前に、クラスが変わっているということになります。

また、学力別にクラス分けされてからも、あとから頑張って、進学クラスへ行くという場合もあります。

スイスの公立の小学校でさえ、まれではありますが、1年早熟に入学させる事もあります。但し、それには、教師が相当に調査検討をしてから、決断をします。その逆に、小中高校でさえ、落第も存在します。落第は小学校から意外とあります。

又、スイスのボーディングスクールでは、例えば、算数が出来る生徒には、どんどん次のレベルへ行かせて、年齢より上の内容を学習させる学校もあります。小学生でも数学だけ、中学生の教室に座っているという感じです。これは、少人数制で、個人に対するケアが豊富な為、可能になります。

私は個人的意見として、出来る子には、どんどん次へ進ませてやらせるという方法には、賛成です。

もちろん、その子の得意科目に対してであって、体育やクラブ等は年相応に行います。その理由として、他の子がわかるまで、待っているのは、実際、つまらなく、その子の時間の無駄になるからです。

ここで垣間見た、これらの西洋と日本の教育の違いは、全体のレベルを上げるのか、個人の得意科目のレベルを上げるのか、ある意味、集団主義的教育と個人主義的教育かの違い、とも言えると思います。

日本と西洋の教育の大きな相違は、つまり、当然のことですが、ここが大きなポイントになります。

お子様の留学を考える前に、こういったことも念頭に置き、もう一度、そのお子さんに適しているのはどこなのか、検討されたら如何かと思います。

近藤

スイスジャパンサポート