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日本国内のサマーキャンプと海外サマーコースの違い

夏休みの間に、“国内で英語を学習する“サマープログラムがあります。

今回は、海外へ行ってサマーコースを受ける夏休み短期留学と、どう違うかについて、考えてみたいと思います。 ここでは、小さいお子さんから18歳までの方を対象としたお話です。

お母さんにとっては、日本で行われているサマーキャンプへお子さんを送る方もいらっしゃると思います。それは、たぶん、主に次の理由からだと思います。

1.コストが安い 2.国内の方が安全だから 3.どちらにせよ、外国人ネイティブが教える 4.英語しかしゃべっちゃいけない環境の中で教える 5.友達ができる、等。

国内の英語キャンプと海外へ留学させるのと、一体何が違うか?

単刀直入に言って、全く違うというのが、私の意見です。

日本のサマーキャンプに来るお子さんは、まず、ほぼ全員日本人です。日本語禁止として、必ず英語を使わせる環境だったりもしますが、まずは、日本人同士で英語を話すとどうなるか?です。

これは、スイスの会社に働いてきた経験から言いますと、自国民同士が外国語(英語)を話さざるをえない場面(ミーティング)にたくさん遭遇してきました。スイス人しかり、日本人しかりです。

 この場合、日本人であれば、当然、日本人独特の言い回しを英語に代えているだけです。特に、日本人が多い中で、よくありがちな傾向は、頭が日本語のまま、英語を話してしまうことに陥りがちです。これは、別に日本人に限ったことではありません。

子供のうちから英語を勉強するメリットは、何といっても、“英語脳という引き出しを頭脳の中に構築すること”なのです。ですから、日本語脳のまま英語を学習するということは、学校で勉強する英語と、あまり変わらないということです。

そこにいるネイティブスピーカーも、もしかしたら、傾向として、日本化した1?外国人教師かもしれません。つまり、日本のことを熟知している外国人だと、お互いに緊張感がないので、“言っていることがわからない。”と言われるシチュエーションより、言おうとしていることはわかると思われて、寛容に、OKにしてしまいがちになると思います。

それに対して、外国で学ぶ場合には、外国の子供と外国語を話し、ボディランゲージも含め、表現の仕方など、日本での価値観と全く異なる世界です。

ネットで、外国のニュースや情報がたくさん入って来ますが、留学での外国体験は、子供にとって、予想を超える程、日本では全く想像できないもの、体で感じるもの、と考えて欲しいのです。まさに百聞は一見にしかず、です。

日本とは全く違った空気を吸うことで、そこに置かれた時、子供が、異文化コミュニケーションにどう対処するか、自分で考え、乏しい外国語で、意思を伝えて駆逐する術を自分から学びます。

更に、他の国の子供達から自分の国、日本について聞かれるので、日本について考えてみたり、客観的視野で答えようとします。

会話中に頭の中で日本語を英語に置き換えているのでは、殆ど間に合わないので、皆と汗を流して、色々な活動をしているうちに、こういう時はこう言うのだな、とか、インプットされていきます。

今度は、例えば、留学にはお金もないし、英語を話す国なら、安い程いいという考えの人がいます。その人達は、英語を単なる道具だとみなしていると思います。

外国語を学ぶことは、単に記号とか道具として学習するのではなく、言葉の背景にあるその国の文化歴史や、考え方、ルール等すべてが、ごそっと、ついてきます。例えば、なぜ、こういう言い回しをするのかは、その国や英語圏の考え方に象徴されているからです。

イギリスで英語を学習すれば、大げさに言えば、イギリス丸ごと吸収するシチュエーションになりますし、米国へ行けば、表現の仕方も知らないうちに米国流になります。

その点、スイスという、安全で、ニュートラルな環境で、世界50カ国以上の子供達と学ぶ環境となると、また少し違った意味合いが出てきます。

なぜなら、フェアな立場で、世界の子供達と学べるからです。

 英語圏だと、どうしてもその国の流儀にアダプトする負担が生じます。つまり、自国のアイデンティティが消されがちなのです。その点、子供の時に、スイスで英語のネイティブの教師から学べば、様々な英語圏の先生がいて、色々な角度から英語を吸収し、自国の良さも尊重しながら、勉強が可能です。

結論として、私は、子供時代に、一度外国を体験させることは、とても価値あることだ、と思います。小さい時に経験させることで、その体験はその後の人生に、強烈に焼きつくことでしょう。

例外的に、長く海外にいた日本人(帰国子女)の子供たちが、日本の英語環境のサマースクールへ参加していたり、外国の子供達も交じっているのなら、効果が見られるかと思います。

それが、前に書いた通り、英語脳が出来ていない日本人だけのサマーキャンプということであれば、短期間でも、海外を見せた方が、ずっと効果がある、と私は思います。

更に、スイスの夏休みキャンプの場合には、世界遺産の街へ観光したり、チョコレート工場、お城見学やアルプスへハイキング、その他、日本ではやれないスポーツが選択できます。

 ただ単に英語を習うのではなく、欧州文化、歴史、自然環境、英語以外の言語、仏語や独語にも触れられるのです。

子供のうちに、ヨーロッパに行くという体験そのものが、その後のお子さんの活動に何らかの影響を与えると思うからです。

 海外では心配という点については、空港では、学校のスタッフ又は、当社の日本語が分かるスタッフが出迎えます。

留学中は、経験有る私立寮制学校が24時間体制で、子供達を監視している上、当社の日本人スタッフがスイスに居て、怪我や病気などの緊急時には日本に居る保護者様に即連絡致します。必要とあれば、そこに駆けつけることも可能です。

 以上、日本と海外で参加する英語サマーキャンプの違いでした。


「勉強とは限らない、子供の得意を探せ!」東洋経済記事について。

東洋経済に掲載されていた、子供への教育相談の記事です。
勉強とは限らない、子供の得意を探せ!

サブタイトルが、子供が化ける瞬間を見逃すな、です。

母親から子供の相談です。

”小学校5年生(男の子)と2年生(女の子)の子を持つ母親です。子どもには多くの体験をさせることが大切だと思い、さまざまなワークショップ(年間30回ほど)に参加させていますが、子どもを見ていると、少々食傷ぎみ(母親に連れ回されていると思っている?)という感じです。
将来、社会に出ることを思えば、さまざまなことに興味・関心を持ち、満遍なく力を発揮できるバランスのいい子(ぜいたくですが)に育ってくれればいいなと思います。
ただ、あれもこれもと欲張った結果、何事も平均点、ということにもなりかねないと思うと、何か特定の得意分野で突出した力を発揮できるように応援していったほうがいいのかという気もします。先生はどのようにお考えになるでしょうか。”

これに対し、著者は大事なのは、「教育は、何を教わるかではなく、誰に教わるによって決まる」と言っています。
筆者が相談を受けた学生で、素直で、言われたことをすぐやる子がいて、筆者の指導で、一門で来たら、褒め、一門で来たら、褒めを繰り返していくうちに、「自分はもしかしてできる人間かもしれない!」という錯覚に陥り、初めは錯覚でも、それが継続していくと、成長意欲が出て、やがて本物の意欲になっていった末、エンジニアとして活躍している、という例を挙げています。

そして、結論として、

”子どもは本来、好奇心旺盛で、関心事は刻々と変わっていきます。そうした関心の連鎖の中で、親としてはそれらを否定するのではなく、応援していく姿勢が必要です。

親の思い込みや見栄によって、子どもを誘導するのではいけません。
親自身が周囲の情報に振り回され、右往左往して子どもを不安がらせることなく「子どもの人生のために適切な環境をつくる」という決意さえすれば、やがてお子さんは自らの最適な進路を自立的に選択していくはずです。”という言葉で締めくくっています。

私見。。。
 この記事を読んで、前回の教育相談の例に似ていますが、結局、子供に~私(僕)は、~ができるんだ、という自信を持たせる、自負できるものを持つというのが、大事な点は、共通しています。

その自信の感覚を得るまでに、様々なことにトライするでしょうし、そうしているうちに、突然、”パチン!”と響く瞬間に出会えるのだと思います。

 今までの学校~塾~家という日常から、一端離れてみる=留学は、その点、”パチン!”のスイッチが入り易い機会を与えてくれます。
あれ(留学)以来、大人びた、と言ったお母さんもいらっしゃいます。

私(僕)には、これ~があるから、何が来ても大丈夫だ、という自信です。
ドイツ語では、Selbstbewusstsein と言って、人間にとって、それは必要な資質=自分を信頼していること=自信(自負心)なのです。

この自信が、小さいうちに芽生えた子供であれば、進路に対する選択もあまり迷うことなく、~これがやりたいと、自分から言って、その道に向って突き進んでいくでしょう。
それが、40歳を過ぎても、自分探しの旅~と言っていると、その後の人生、フォーカスがぼやけてしまいがちです。

そういう意味でも、短期又は、長期の留学をさせるのは、私は一つの機会として、子供にとって、世界を広げ、刺激を受ける体験だと思っています。

次回は、日本での英語キャンプと、海外英語キャンプの違いを書きます。