スイスの幼児教育について

スイスは、九州程の小さな国ですが、シュタイナー教育やモンテッソーリ教育を引き継ぐ学校があちこちにあります。

シュタイナー教育は、20世紀の初め、オーストリア人のルドルフ・シュタイナーが提唱しました。

ヴィキペディアによると、シュタイナー教育とは、”教育という営みは、子供が「自由な自己決定」を行うことができる「人間」となるための「出産補助」であるという意味で、「一つの芸術」であると考えられている。”とあります。

又、モンテッソーリ教育は、イタリア人の精神科の医師であったモンテッソーリが、1907年に貧困層の健常児向け保育施設を開設し、独特な教育法が1929年世界中に広まったものです。詳しくは、公益財団法人の日本モンテッソーリ教育綜合研究所に掲載してあります。

https://sainou.or.jp/montessori/about-montessori/

一方で、スイスには、ペスタロッチという有名な教育実践家がいます。18世紀に活躍したペスタロッチは、最初、孤児や貧困の子供に教育を従事し、幼児教育に影響を与えた人です。

フレーベルが幼児教育では有名ですが、その基礎を築いたのがペスタロッチだと言われています。

私は、一体ボーディングスクールでは、子供の自発性を引き出すには、どうしているか?と考えた時に、これらの幼児学校の教育方針との共通項が根底に見られるのです。

つまり、人間は、上から命令して押し付けたらやらないので、子供が自分の興味あることを自発的に行うには、まずは良い環境を作ることが重要だと考えられていることです。

ヨーロッパで始まったこういった教育について考えると、やはり、西欧の人間中心主義が基本にあり、人間の普遍的な性質をよく捉えています。

スイスは、地形的に森が点在しているので、幼稚園で、皆が一緒に森へ行って、ハイキングをしながらお弁当を食べたり、森で遊んだり、戻って来て、木や木の実を使って工作をしたりすることも日常的に幼児教育のプログラムにあります。

あとは、小学校に入ってからもありますが、森の動植物の観察をします。つまり、自然をとても大切にして、環境問題を教育でも取り上げています。

また、スイスの幼児期にコミュニケーション上、子供の発音が良くない場合にはすぐに矯正をさせます。それは、ロゴペーディ(ドイツ語:Logopädie)と言って、言語聴覚療法です。

ロゴペディンと呼ばれる専門家がチェックし、発音が悪ければ、そこに通わせて、小さいうちに発音矯正をさせるのです。これは、日本の公立幼児教育ではやらないので、日本でも取り入れるべきだと思います。

というのも、日本のTV番組やラジオで、教授や社長クラスの人でも、時々、変な発音をしている人がいたりするからです。

結論を言うと、自分の子供をスイスで育てた観点からも、日本との幼児教育の違いは、やはり、人間基本的人権を擁護した、人間中心の西欧的個人主義的教育で、自然環境をうまく取り入れているという点です。それは、自主性・独立性を尊重しています。

以前、娘が通っていた、スイスの小学校に日本から先生方が視察に来て、感心して帰られたことがありました。

ただ、私が一人の父兄として彼らに申し上げたのは、「スイスと日本では社会的な土壌が異なるので、このやり方をそのまま日本へ持って行っても合わないのではないでしょうか。なぜなら、日本は、基本的に集団主義で、西欧的個人主義社会ではないからです。」でした。

 

スイスジャパンサポート

近藤

 


マツコ、大坂なおみを「日本的な教育を受けてない成果」と語る。「誰も介入せず今までどおりやって欲しい。切なる願いです」

2019年01月29日付けのBlogosというメディアニュースに、芸能人のマツコ・デラックスが言った、次の様な下りがありました。https://blogos.com/article/354306/

マツコ、大坂なおみを「日本的な教育を受けてない成果」と語る 「誰も介入せず今までどおりやって欲しい。切なる願いです」

これは、オーストラリアンオープンで優勝した大阪なおみさんに関連した発言ですが、これを見て、芸能人でもそういうこと、わかってるんだ、というのが私の感想です。

「彼女の何が凄かったかって、勇気をもって家族でアメリカに移住して、日本的な教育みたいなものを受けずにやってきたからこそ、今の成果なわけじゃない。だからそこで変に、日本的なものを強要して欲しくないなってのが凄いあって」

これと留学と何が関係あるか?、、ですが、つまり、日本社会にどっぷり浸かって成長し、教育を受けると、日本人が出来上がるわけです。日本での教育は、すべてとは言いませんが、一般的に、個人主義ではなく、集団主義に基づいているので、出る杭はたたかれ、尖った才能が真っすぐに育ちません。

将来経営者や政治家になる様なリーダーシップが必要な資質を育てるには、日本的にコントロールされた環境にいるだけでは、海外とはうまくやっていけないですし、ダイナミックな発想が生まれにくいと私は思います。

もう一つ、この中で指摘されていることが、”勇気をもって家族でアメリカに移住して~”という箇所です。

”何事も行動を起こすには、リスクを伴うし、よし!と思って、ジャンプしてやってみないことには、何も起こらず、達成することが出来ない”、ということを意味します。

時々、日本人のお母さんと話していて思うのは、「こうなるから、こうなる。」と先読みし過ぎていて、、、そういう人は、未だに(!)、子供に日本の名門大学を目指させる、学歴信仰が強いので、ゆったりと違う観点から視ることも必要、と思ったりします。学歴は学歴、その子の好きなことを情熱に変えて、仕事に出来る人生は、大学の名前とは異なります。

結論として、日本社会を外から見れる視野を持つことは必要で、一度でもいいので、海外のキャンプにお子さんを経験させてみるのは、将来いい経験になる、ということです。

 

スイスジャパンサポート

近藤

 

 

 

 

 

 


「日本企業の小粒化が進んでいる~成長鈍く」と「グローバル人材の不足」の関係

ポッドキャストで、ラジオ日経が放送している番組の”Let’s read the Nikkei in English”を聴いていたら、タイトルのニュースについて、解説していました(11月28日放送、18日の日経新聞1面を抜粋)。

結論を言うと、「日本企業は、世界的企業の大型化についていけず、成長力の差を生んでいる」という内容でした。

日本企業の時価総額が、2000年を起点にして、1.7倍になったのが、米国では、2.6倍、中国は、日本より低かったのが、日本を逆転している。

 

「どうして日本企業は、相対的に小粒なのか?」、その原因について要約すると、番組で日経記者が分析したのは、以下の原因があると解説しています。

・ネットビジネスの遅れ

・日本経済の長期低迷

・規制緩和の鈍さ

・語学力を含めたグローバル人材の低迷

・企業の新陳代謝の遅さ

 

この中で、留学エージェントとしては、やはり、・語学力を含めたグローバル人材の低迷の項目が気になりました。これは、指摘される前から予想がついていた要因の一つです。

なぜなら、私自身、海外(スイス)で留学しに来ている中国人生徒の数やその勢いというのを感じているからです。

一時日本人の海外への留学生が減少し、再び増えていると言われてはいますが、グローバル化の中、未だ未だグローバル人材は追いついていないという感じです。

それと平行して、中国企業の海外、ヨーロッパやアフリカへの進出もよく耳にするので、留学経験のある人材は、当然、そういった海外進出の現場へ即就職していく流れなのですが、一方の日本企業は、特に欧州に関して、海外進出で影をひそめている為、現地で留学経験があってもあまり、就職口がないという話も聞きます。

日本企業の勢いというのが感じられないのです。

海外に住んでいると、日本企業がビジネス出来るチャンスは沢山あるのに、と思うことはよくあります。リスクを取りたがらない日本企業は、そういった様々な理由から、小粒になっている、ということだと思います。

 

スイスジャパンサポート

近藤

 


オセアニア留学とスイス留学との違い

スイス留学の特徴は、低年齢からの海外留学です。

実は、幼稚園に上がる前からの”留学”(遊学?)~18歳までのボーディングスクールがスイスにはあります。

日本の多くの学校では、オーストラリアやニュージーランドへのホームステイによる留学が、かなり普及しているのは、事実です。

そこで、オセアニア留学とスイス留学の違いとは何か、をここに書きたいと思います。まずは、オセアニアへの留学についてです。

1. オーストラリアとニュージーランドは、勿論、英語がネイティブです。

2.日本からは、時差がなく、簡単に行ける手頃さが、ここまで普及した一因だと考えられます。

3.ホームステイ先のフレンドリーな対応と学校での学習。

4.英語学習と自然が豊富な環境

一方のスイス留学はどうか、というと、1については、英語圏ではありませんが、先生はネイティブスピーカー。集まる子供たちの国籍数は、正規留学で、学校にもよりますが、55か国以上。学ぶ言語も、フランス語、ドイツ語等、ヨーロッパ言語を習得します。

スイスの公用語は、4か国語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)ですが、英語は、多国籍企業や国際機関、国際ビジネスの場で頻繁に使われます。

自然と、フランス語又は、ドイツ語が耳に入って来るので、アングロサクソン的なレンズを通して、世界を見るのではなく、様々な欧州の言語や文化があることを認識出来る利点があります。

2、日本から行くには、オセアニアより遠いのは事実ですが、先に、遠いが政治や経済、文化歴史等の中心地へ行って、視野を広めることに価値があります。ヨーロッパというモザイクの様な近づきがたい地へ最初に行くことによって、他の国々へは、大人になってから、自分で簡単に行くことが出来ます。

3については、スイス留学の場合、すべて、寮生活となります。ホームステイでは、意外と問題が多いことが指摘されています。ホストファミリーによって、当たりはずれもあり、トラウマになる可能性があります。

その点、スイスのボーディングスクールは、100年以上、あるいは130~140年の歴史ある学校が点在し、色々と子供を飽きさせない工夫がしてあります。

4の点では、母国語の国では、海外の留学生が少数派になり、その国の教育にはまらざるをえないということになります。彼らのスラングも覚え、すっぽりとその中で慣れるわけですが、スイス留学は、グローバル教育(IB)発祥の地ですから、無理して、その国の教育に追随する必要はありません。

自国のスイス人は殆どおらず、自分のバックグランドであるアイデンティティを保ちながら、しかも他の生徒の文化背景も尊重しながら、学びます。

更に、スイス留学が、他国のそれと全く異なる点は、ヨーロッパの中心地に位置する為、文化旅行はパリやミラノ、ベルリン、ロンドンと言った様な場所へ行き、本物に触れることで、課外学習をすること、スイスアルプスの自然豊富な環境から、夏はハイキングや登山、冬はスキーで体を鍛えることが出来る点があります。

最後に、何よりも、学費が他の国よりも高い為、その学費が払える親を持った子供しか入ることが出来ません。特に経営者になるお子様にとっての一生の財産とも言うべき、人脈構築、これが世界レベルでのネットワーキングで大きな財産ということがいえます。

そう考えてみると、英語を話すから英語圏という安易な考えだけで、留学を決めていいものか?と思わざるをえないことが言えます。

その極端な例がフィリピン留学にあります。英語を話す国で、安ければいいのか、という視点に私は疑問を感じます。日本語に例えれば、きれいに日本語を話すことは、ある程度は重要ですが、なによりも、中身の方の、何を学ぶのか?の方が当然重要です。

しかも、感受性豊かな低年齢~十代の子供にとって、海外留学を選ぶ環境は、大変重要です。なぜなら、与えられた素晴らしい環境こそ、子供の思考や創造性を豊かに育むもので、それが将来大人になった時の財産=教育投資だからです。

スイスジャパンサポート

近藤

 

 


”東洋経済 世界で日本ビジネスの存在感が減退するワケ” で思うこと。

「日本エリートはズレている」の著者に聞く2017年03月13日

https://toyokeizai.net/articles/-/162347?page=4

 

昨年の記事ではありますが、中々真意を突いていて、最もだ、と思ったので、ここにご紹介します。

私: 海外(欧州)に住んでいると、日本企業がもっと来て欲しいな、と思いますが、様々な理由から日本企業の海外進出は容易ではありません。何と言っても、現地に根を下ろしていないから、発展していかない、というのが最大の理由の様です。

元々、フロンティア精神が低い為もあるでしょうが、どうせ、3~5年の海外転勤だ、と割り切って、慣れる頃には、帰国してしまう転勤族が殆どです。

上記の雑誌の記事から抜粋すれば、

「日本は研究熱心で、積極果敢なファイターだったが、今は違う。慎重なだけで意欲に乏しい」

「国内の尺度に縛られ、世界が見えていない」と心配している。「日本企業は、その国にじっくりはりつき、利益もリスクもシェアする関係を築こうという、意欲や体力がないのか。案件受注だけさっとやるつもりか。であれば、将来は厳しい」との声がある。

日本企業に長所は多いが、他国との比較の習慣を持たず、世界に関心が向かないことが根本的な制約になっている。中東や中韓の方が、日本よりも自分の欠点を自覚し、世界をよく見ている。世界の動向や力関係などのルールを知らないまま、ゲームに参加しても、勝つのは難しい。

――記者も海外で取材すると、日本の常識は世界の非常識、日本は井の中の蛙、と思えることがしばしばだ。日本が外から学ばなくなりズレてきたのは、成功による慢心ということか。

それもあろうが、中東の富裕層からは、「世界のダイナミズムから距離を置き、小さな支流で清く正しく暮らす奇特な人たち」「それでは世界の舞台で活躍できない」と見えている。

技術格差が縮小し、各国にチャンスが広がる中、人が海外に食い込み、ネットワークを築くことが従来以上に重要なのに、日本は逆にここが昔より弱くなっているのでないか。対照的に、中韓はここを格段に強化し、力をつけた。

以上の箇所は、まさに的を得た文章だと私は思う。

私: 人口減少で国内の労働力が減る中、海外進出を考える企業も増えているとはいえ、現状は厳しい。そんな中、特に経営者の子供達に、海外を経験してもらい、若いころから海外留学をと考えて欲しい、というのが、私の会社を設立したミッションです。

日本の中だけにいては、世界の動きが見えないので、広い視野から物事を判断するとか、色々な考え方を持つ人がいるんだ、ということなどを体験から学んで欲しいと思っています。価値の多様性は日本にいただけでは、育むのは難しいです。

例えば、今、スイスへ留学する中国人、ロシア人の富裕層の子供達が増えています。

昔は、ヨーロッパ人を対象にしていたスイスボーディングスクールも時代の変遷とともに、世界中の子供達を受け入れています。

中でも、中国人の数が目覚ましく、ドイツ等で急ピッチで企業買収をしている中国企業の勢いを欧州のニュースで見ていると、企業人材もこうやって、スイス留学でどんどん輩出している様が、こちらにいると手に取るようにわかります。

それが、日本へ来て見ると、海外の動きは肌で感じられないせいか、日本人のサラリーマンらには危機感が乏しい感じがします。

未来を見据えた経営者の卵である日本人の子供達にとって、出来るだけ早いうちに海外で、外国人と接して勉強する機会を持つことが、今のグローバル社会では、大変重要なのです。

以上

低年齢からの留学相談は、スイスジャパンサポートの近藤まで。

 

 

 

 


「子の将来は親の育て方次第」という大誤解

今回は、東洋経済の記事に紹介されていた、子育ての大誤解という本についての紹介と内容は、少し昔の記事ではありますが、考えさせられる内容なので、ここに、取り上げてみました。

もう、読んだ方には、ごめんなさい。以下抜粋します。

「子の将来は親の育て方次第」という大誤解

完璧な人間にも堕落した人間にもできない.ジュディス・リッチ・ハリス : 教育研究者、東洋経済から。

記事の内容:2000年刊行のロングセラーで、この夏に新刊として改題・文庫化された『子育ての大誤解――重要なのは親じゃない』の著者にして、アメリカの教育研究者、ジュディス・リッチ・ハリス氏は、「子育てにおいて、親の努力はほとんど無駄になる」という。ハリス氏が、子どもがどんな大人に育つかはすべて親の責任であるという「子育て神話」を一刀両断する。

子育て神話

まずは、筆者自身の経験が書かれている。

米国のマサチューセッツ州ケンブリッジで下宿をしていた。下宿の大家はロシア人夫妻で、3人の子どもたちとともに1階に住んでいた。夫妻はお互いに対しても、子どもたちに対してもロシア語で話した。彼らは英語が下手で、ロシア訛りが強かった。

しかし、その子供たちは、まったく訛りのない、近所の子どもたちが話すのと同じボストン゠ケンブリッジ・アクセントの英語を流暢に話していた。

「愛情をこめて抱きしめると、優しい子どもになる」「寝る前に本を読み聞かせると、子どもは勉強好きになる」「体罰は子どもを攻撃的な性格にする」世間でまことしやかにささやかれる移民先の言葉や習慣を親から学ぶことができないにもかかわらず、すぐにそれらを身に付ける。

ほかにも不思議なことがある。

イギリスの裕福な家庭に生まれた男子は、8歳になると全寮制の寄宿学校へと送り出され、その後10年間を学校で過ごす。

それでも、寄宿学校を巣立つ頃には立派なイギリス紳士の行動様式を身に付ける。上流階級のアクセントや立ち居振る舞いは父親そのものである。父親は、息子の成長にちっともかかわっていないにもかかわらずだ。

実は、子どもの性格に決定的な影響を及ぼすのは、親ではない。重要なのは仲間集団だ。家庭から解き放たれた子どもは仲間集団とのかかわり合いの中で、社会のルールや自らのキャラクターを身に付けていく。

社会不適合状態に陥った神童

ウィリアム・ジェイムズ・サイディスは、1898年4月1日、ボストンに生まれた。ゼロ歳の頃から両親による徹底的な英才教育を授けられ、11歳(当時最年少)でハーバード大学に入学。数カ月後には「4次元物体」と題した講演を行い、数学教授たちを驚かせたという。ウィリアムは、まさに神童だった。

しかし、この頃をピークに、ウィリアムの人生は暗転する。彼はやがて修士課程を中退。頭を使わない安月給の事務仕事を転々として過ごした。結局、ウィリアムは46歳で心臓発作のため亡くなった。独身で無一文、完全な社会不適合状態に陥っていた。

ウィリアムのおかれた状況は、仲間との付き合いがないままに成長したサルの状況と似ている。霊長類学の研究によれば、そういうサルは、母親不在のサルと比べても明らかに異常行動が目立つという。ウィリアムもまた、同年代の子どもたちとの普通の関係を知らずに育ったため、社会に適応できず、高い知能をふいにしてしまった。

ウィリアムの例からもわかるように、私たちの思いどおりに子どもを育て上げることができるという考えは幻想にすぎない。あきらめるべきだ。子どもとは親が夢を描くための真っ白なキャンバスではない。子どもには愛情が必要だからと子どもを愛するのではなくて、いとおしいから愛するのだ。

彼らとともに過ごせることを楽しもう。自分が教えられることを教えてあげればいいのだ。気を楽にもって。彼らがどう育つかは、親の育て方を反映した結果ではない。彼らを完璧な人間に育て上げることもできなければ、逆に堕落させることもできない。それは親が決められることではない。

地域によって異なる仲間集団の規範

ラリー・アユソというバスケットボール選手がいる。プエルトリコ代表として2004年アテネ五輪や2006年世界選手権にも出場した彼は、16歳まで「ニューヨーク最悪のスラム」として知られるサウスブロンクスに住んでいた。

成績不振でバスケットボール部への入部が認められず、ラリーは高校を中退。友人のうち3人は麻薬がらみの殺人事件に巻き込まれ、命を落とした。

犯罪の道に今にも足を踏み入れようとしていた彼を救ったのは、スラム街から子どもたちを連れ出し、遠く離れた別の土地に転居させるプログラムだった。転居先はニューメキシコ州の小さな町で、彼は中流階級の白人家族とともに暮らすことになった。

2年後、ラリーは転校先の高校のバスケットボールチームで、1試合平均28点を稼ぐエースとして活躍していた。成績もAとBばかりで、大学進学を目指していた。ラリーは南カリフォルニア大学に進学。卒業後、プエルトリコに渡ってからの活躍ぶりは、先に記したとおりである。

彼がサウスブロンクスの古巣を訪れたとき、かつての友人たちは彼の服装に驚き、話し方がおかしいと言ったそうだ。ラリーの変身は、ラリーを引き取った白人夫婦の功績ではない。ラリーの仲間集団が劇的に変わったからだ。

地域によって、大人の行動様式も、子どもの育て方も違う。らに地域によって、子どもたちの仲間集団が従うべき規範も異なる。ラリーが以前住んでいたような地域では、子どもたちの行動規範は攻撃的であること、反逆的であることだった。

サウスブロンクスに住むラリーの昔の友人たちは、「社会化されていない」わけではない。ほかの地域の子どもたちがするように、彼らは自分の属する集団に自分の行動様式と態度を順応させただけなのだ。ニューメキシコのラリーの新しい友人たちと行動様式、話し方、そして服装が違うからといって、サウスブロンクスの子どもたちが社会化を果たしていないことにはならない。昔の友人たちも新しい友人たちも、異なる規範を掲げるそれぞれの集団で社会化を果たしたというだけなのだ。

ということで、この内容の結果、それに関連して、私が申し上げられる事は、次の通りです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結論的に言うと、子供の取り巻く周囲の環境が、子供が成長する上で如何に大事か?に尽きるということです。

それを考えると、スイスのボーディングスクールの環境は、素晴らしいです。

設立百年以上の学校が数校あります。

但し、スイスの学校ならどこでもいいというわけではなくて、どのお子さんにもスキキライがあるので、もし、これからスイスへ留学をかんがえていらっしゃる様でしたら、まずは、学校見学又は、サマーコースを体験してみることをご提案します。

日本で、学校の画像を見ただけではわかりません。お客様と同伴してみて、「やっぱり、空気感がわからないから、見に来てよかった。」とおっしゃっていました。

本人が行って、”学校の雰囲気が自分に合っているかどうか、感じることが大切”です。

スイスのボーディングスクールには、日本で言う部活動の様な、文科系スポーツ系クラブももちろんあります。クラブは複数入れるので、其々に仲間が出来ます。授業の先生、クラブ、寮、アドバイザー、日本人がいれば、日本の友達、そして、エージェント、、幾つもの仲間の輪や相談相手がいるので、学校と寮だけの生活という単調なものではありません。

それ以外でも、日本で習い事をしていて、続けたいものがあれば、例えば、楽器やバレエなど、外部からの先生をお願いすることも可能です。

進化しているグローバル教育の、ボーディングスクールのお問い合わせは、以下まで。

近藤 美穂

スイスジャパンサポート

Hägelerstr. 3, 5400 Baden, Swityerland

www.swissjapansupport.com

 

 

 

 

 


高校時代の米国滞在と元英語教師の母の影響~私の思い出の記憶から

母が亡くなって数か月してから、ふと蘇ってきたことについて、ここで書きたいと思います。

2018年春に亡くなった母は、生前、公立中学校の英語教師だけではなく、県教育委員会の仕事、姉妹都市や姉妹校の仕事と、いつも仕事に邁進していた、当時では珍しいキャリアウーマンでした。

県一斉テストも作っていたので、筆記テストだけでなく、口頭の聞き取りテストも自分で録音し、その後の答え合わせをローカルテレビに出演して、解説していたのを覚えています。

彼女の交換留学生の引率の仕事では、中学校生徒を連れて、米国やカナダへ合わせて20回以上は行っていました。

また、私が小学校3年生の夏休みに、母は、奨学金をもらって、英語の先生の為の英語研修に、1か間短期米国へ留学をしたのを憶えています。米国1ドルが、360円位の時代です。

その間、昭和ひとケタの父が、慣れない家事をしたりしたのも、子供ながらに覚えています。父は彼女の仕事に理解ある人だったので、「行って来なさい。」と賛成していたものの、洗濯物を干したり、大変そうな様子でした。

普段の母は、朝早く学校へ赴き、夜遅く帰宅したりしたので(昔の先生は、当直もあり、職員旅行、職員会議、修学旅行、部活と、彼女の人生の大半=仕事に忙殺されていました)、1日のうち、母の姿を見ない日もありました。

そんな中、私が高校2年の夏休みに、家族で3週間のアメリカ横断の旅行をすることになりました。

米国で私達家族は、私と母のペンパルに会ったり、、彼女の知り合いや友達のアメリカ人宅へ数日ずつ泊まりながらの旅です。

母は、幼い頃、戦争を体験して(空襲時に妹を抱いて、防空壕へ逃げたと言います)、英語の教師になったわけですが、当時、今の様な英語スクールはなく、英語は直接宣教師から習ったり、地元一のホテルに通い詰めて、外国人に話しかけることで、英会話を習ったと話していました。そこで、ペンパルや友達が出来て、この米国横断の旅が実現しました。

それだけではなく、交換留学先の学校の知り合いの先生の所へも、足を伸ばしました。

今ほど外国人と接するのも簡単ではない時代でしたが、毎年クリスマス時期になると、米国やカナダから彼女宛てに、50通程のカラフルなクリスマスカードが届いていました。

アメリカ横断の旅の話に戻ります。

今思えば、エージェントが留学を企画して、参加する子供達を募集する代わりに、母がホームステイを自分で企画していた様なものです。

彼女の米国人の知り合いには、中学の教師だけではなく、、大学教授や弁護士、市長などもいて、幅広いインテリ層の人がいました。

イリノイ州へ立ち寄った際には、母の知り合いのイリノイ大学の教授に会う機会があり、彼は私に「大学へ来たらいい。」と言われました。その時、私は、「はい、ぜひ。」と答えてはいましたが、結局、その後、母が何もしなかったことから、それは実現しませんでした。

私が自分から行きたい、としつこく言っていたら、違ったのかもしれませんが、留学とは、特に必然性を感じなければ、また親が子供に強く勧めなければ、中々実現には至らないものだ、というのがここで分かります。その時、母が勧めていたら、今の私は違った道を歩んでいたと思います。

アメリカの旅は、つまり、自家製ホームステイですが、居間のソファをベッド代わりに寝たり、庭にサボテンだらけのテキサス州に住む、私と同年の自分のペンパルの家で過ごしたりもしました。その時、自分の年齢に比べて、アメリカ人の女の子は、何とませているのだろう、と感じたものです。

「これから、キャンプへ行くための準備をしているの。」、と言われて、見ると、寝袋とかではなく、スーツケースにドライヤー等を詰めているのを見て、当時、日本ではそんなキャンプの荷物準備は考えられなかった為、進んでいるアメリカらしいと感じたものです。

留学エージェントのホームステイと比べてみると、母の知り合いを転々としたため、どこへ行ってもウエルカムで、ホテルには殆ど泊まりませんでした。

そんなホームステイ的経験をした後、私が大学生になると、今度は、母が第二の留学先として英国を選び、再び短期留学へ旅立って行きました。

私自身は、20代で、米国のカリフォルニア州へ留学しますが、その時も母の知り合いのアメリカ人達にお世話になりました。

こういう母を持ったことで、自分が今エージェントをしているのは、無意識にせよ、環境が影響しているのかもしれません。

母の退職後、私が朝日新聞に掲載されていた、ライシャワー財団が主催する「日本文化ボランティア派遣募集」をみつけ、母の為に応募してみました。母がそれに選ばれたことで、半年間、ニュージャージー州で、ホームステイをしながら、日本文化を伝えるボランティアもしました。

しかし,母はそれにも飽き足らず、今度は姉妹都市のオマハの知り合いの先生からの紹介で、米国の高校で日本語教師の仕事をしに、一人で1年間アメリカに滞在しました。

その後、私がスイスへ住むようになると、母は、毎年我が家に来ては、まるで、”自分の別荘の様に”、1か月くらい滞在していました。時々、父も一緒でしたが、殆どは一人で来て、気軽に、スイスから色々な場所へも旅行していました。

老後は、スイスの話を書いた自伝まで出版して、知り合いに分けていましたが、地元静岡の書店の店先に置いてあるのを見かけたことがあります。

戦後の日本で、モノがない母の時代では、如何に英語を習得するのが大変だったろうと思います。静岡の教会へ通い詰めて、宣教師から多くを学んだらしく、恩師と言われる宣教師に会いに、カナダへ立ち寄ったりもしていました。私が赤ん坊の頃、宣教師に抱かれた自宅前での写真が今でも残っています。

私が6、7歳位の時は、家族ぐるみの付き合いがあった、米国人夫妻が家に来た時の写真もあり、少なからず覚えています。

そして、私が小学生の時、日曜日に母が日直で学校へ行くというので、一緒に付いて行った記憶があります。そこで、母は、英語のスピーチコンテストに出る中学生の子にアドバイスをしていました。

今思うと、当時、英語を自力で実践習得していった母の努力が、感じられます。現役時代はエネルギッシュだった母ですが、晩年は病気に悩まされてました。

数十年前に、家族ぐるみで付き合っていた米国人のバーバラが、カリフォルニア州の老人ホームへ入居する前に、「家で整理していたら、見つかったから、あなたに返すわ。」と言って、米国から私宛に小包みを送って来ました。小包みを開いた途端、若かりし母の愛情に満ちたものが、感じられました。

それは、私が幼稚園から小学校低学年の頃、描いたり、作ったりしたオリガミや切り絵の綺麗な工作の品々でした。どうも母は、米国人の友人知人らに、自分の手紙を添えて、自分の子供の作品をせっせと送っていた様なのです。それをもらったバーバラは、母の私への愛情を汲み取っていたそうです。

自分の子供に対しては、育児もままならない程、あまり接する時間さえない、職業婦人だった母ですが、そんな当時の母の子供への愛情が、米国人から届いた箱の中から、数十年経って感じられたのは、遠い昔の懐かしさも運んでくれて、不思議な感動さえ覚えた出来事でした。

 

以上、私の母、昭和生まれの元英語教師と、彼女の米国人との長い草の根交流のお話、でした。

 

スイスジャパンサポート

近藤 美穂

 

 

 


スイスサマーキャンプ真っ盛り! 猛暑から避暑出来るのもスイスの魅力。

7月~8月にかけて、スイスの私立寮制学校が主催するサマーコース(又はキャンプ)が真っ盛りです!

ここ、スイスに世界中から子供達がやって来て、夏休みを色々な国籍の子供とスポーツをやったり、語学学習をしたり、エクスカージョンへ出かけます。

夕食後には、アクティビティも盛りだくさんで、最低2週間を学校の寮で過ごします。

初めから全く1人で日本から来る子もいれば、最初はグループで参加するという子供もいます。

グループの場合は、添乗員さんが日本から子供達wp連れて来ますが、一人の場合でも、航空会社の同伴サービスを使えば、空港に学校スタッフや私の様なエージェントも待ち構えていますから安心です。

「小さな子には旅させよ。」、とはよく言ったもので、現代の日本では、のほほんと過ごしている子供も多いので、”小さいうちだからこそ、ヨーロッパをぜひ経験させてあげたい!”というのが、弊社エージェントの願いです。

”日本という国は、ある種特殊な国”なので、世界の子供達と触れ合い、ヨーロッパを見て、少しでも刺激になって欲しいと思っています。

グループで来ると、個人で来るのとは違いますが、最初の一歩として、活用して欲しいなと思います。もちろん、日本の子同士でも友達になって帰るので、グループのいい面もあります。

日本の夏は、猛暑で、外へ出るのも大変なので、そういう意味でも、避暑を兼ねて、海外へ子供を送るのは、いいアイデアだと思いませんか?

感受性の鋭い幼少期に海外へ行くことで、色々な気づきがあります。

「日本人は英語がすぐに上達しない、日本は、海外進出が得意ではない,etc」の理由から、今の子供達には、早くからどんどん海外を見て、海外、英語、外国人には慣れて行って欲しいと思っています。

なぜ、遠いヨーロッパへ、というと、先に遠い、近づきがたいヨーロッパを見てしまえば、あとは、大人になってからでも、近場の米国やオセアニアは簡単に行けるからです。

実は、最近、スイスサマー留学が人気浮上してきて、逆に過熱してほしくないな、と密かに思っているところです。日本人はすぐ、押し寄せてくることがあるので、、、。

*ご相談は、スイスジャパンサポートの近藤まで、どうぞ。

 


”子供は社会から影響を受けて育つ、社会の子”

スイス・サマーコースや正規留学を考えている保護者様とお会いして感ずるのは、お母さんたち

が口をそろえて、「生きていく力を育んで欲しい。」という本音です。

 

日本の義務教育も変わってきた(小学校から英語を導入する等)とはいえ、現代の変化の目まぐ

るしい社会では、学校でやっていることが今の時代にあっていない、と思うこともあります。

 

子供は、”社会の子”。無意識のうちに、子供たちは社会から影響を受けて育っています。

例えば、スイスのサマースクールに、日本からグループで、毎年、子供たちがやって来るのです

が、彼らの話ぶりを聞いていると、時々、はっとさせられて、”今の日本を反映しているナ”と感じ

ることがあります。

 

特に、都会のど真ん中から来る子供たちが多いので、余計そう感じて、その子供の発言から、”こち

らで育った子供では、たぶん、出てこない発想だナ”、と私は思ったりしています。

 

子供たちの社会環境で見るもの聞くもの、すべては、イマジネーションを抱かせ、それが思いや考

え方、そして、無意識な行動にまで繋がっています。

 

日本人の家族といえども、海外で生活し、子供たちが海外現地の学校へ行けば、当然その子は、日

本人離れした子供に育ちます。どの社会や教育環境によって、考え方や風土が異なるからです。

 

現代は、TVでハーフタレントという人たちが沢山みられますが、彼らも日本で育っているので、

外国人ぽい容姿でも、中身は日本語を話す日本人です。

 

私の娘は、スイスと日本のハーフで、今日本で生活をしていますが、彼女が、あるレポートに書

いていた、欧州と日本の違いを分析していた内容が面白かったです。

私は、かねてから、日本社会の特徴は、”世間”という言葉に集約していると思っていました。

彼女は、日本では集団の中の自分、周りを見ながら自分を出すという、集団主義と、西洋的な個人

主義の違いを指摘していました。

 

さて、スイスのボーディングスクールの話に移ります。

スイスの学校を訪問していて、日本の学校との違いを並べると、テンポの違いがあります。

だらだらしている時間が全くないことです。忙しくて、学校の休みとのメリハリがあります。

ある期間までに、これをやる、というのが明瞭なので、オンとオフの切り替えが非常にうまく出来

ています。

日本の学校が100%悪いとか、スイスの学校が100%いいとは言いません。両方に良さがあります。

 

但し、子供の将来を考えた場合、発想力が育まれる教育環境、充実した時間、海外の友達作りと

海外ネットワーク、英語力を蓄え、生きる力を育み、日本と海外(西洋)の違いを考える、、、

等、様々な要素が盛り込んで、感じ、考え、学ぶ、体験する場が、留学です。

 

ここで、何がいいたいかと言うと、いい教育をさせるというのは、結局、子供への発想力に繋が

り、それには環境がとても重要だということです。

スイスボーディングスクールへの教育投資=不動産投資、つまり、ほぼ同じくらいのレベルなので

す。長い目で見て、子供への投資をする。

幼少時に海外を体験することで、将来の財産になるスイス留学をお勧めします。

 

 

スイスジャパンサポート

近藤 美穂


ポッドキャスト”未来授業”中沢新一氏のお話で思ったこと。

ポッドキャスト番組に”未来授業”というのがあります。

内容は、未来はどうなるか、について、各分野の専門家が、講義をするもので、その人が、あるテーマについて、どのように考えるか、を話すので、とても面白い番組です。

分かりやすく引用すると、”日本が世界に誇る各界の「知の巨人」「次世代の知のフロントランナー」を講師に迎え、未来の日本人たちへ送るアカデミックな授業をお届けします。若い世代が社会の主軸となる「10年後の日本」を生き抜く智恵を探ります!”です。

2018-03-15にアップデイトされたこの音声の番組の中で、思想家で人類学者の中沢新一さんのお話(第4回)が面白かった事から、それをご紹介し、感じたことを書きます。

テーマは、2020その先の東京、です。最新刊「アースダイバー、東京の聖地」で
2020年に向けて再開発が進む、築地と明治神宮周辺を取り上げました。
有機体のように日々変化する東京の街は、いったいどこに向かうのか。

https://www.tfm.co.jp/podcasts/future/detail.php?id=23762

 

この中で印象に残った内容部分を簡単に要約します。

”今の東京の再開発を見ると、伝統の原理を見ないで、破壊したり、頭の中で作ったイメージだけでただ作っているが、本当に東京が目指さなきゃいけないのは、一番重要な伝統の核心部に、新しい要素を組み込んで、進化系にしなくてはいけないこと。100年とかの大きいスパンで考えて、見て行かなければいけない。”

”明治~大正にかけて、西洋の文化や技術が流れ込む中で、明治神宮や東京駅を作ってきた人々は、皆ヨーロッパに留学した留学組で、日本文化が体内にセットされていたのを、ヨーロッパで学んできたこととをうまくミックスして、あの様な素晴らしいものが出来上がった。”

 

 私見。。。やはり、この体内の日本文化とヨーロッパで学んだことの「ミックス」こそ重要で、の言っていることのポイントです。どちらに傾きすぎても、ダイナミックで、未来に素晴らしいものは生まれないのです。

例えば、「洗練」という言葉を考えた場合も、まさに伝統とその時代の新しさやその他のセンスがミックスされることで、更に飛躍があるということでしょう。

海外留学を考えてみた場合も、同じで、ただ、そこで学習したことを西洋かぶれだけで終わらせずに、自分の中の日本とがミックスされることで、より一層高次の次元へもたらす技術だったり、アートだったりが生まれるのです。

西洋と日本の良さの両方を生かしてこそ、新たな可能性が生まれる。

留学生の皆さんにも、それをぜひ伝えたいと感じた放送内容でした。

 

近藤 美穂

スイスジャパンサポート