「子の将来は親の育て方次第」という大誤解

今回は、東洋経済の記事に紹介されていた、子育ての大誤解という本についての紹介と内容は、少し昔の記事ではありますが、考えさせられる内容なので、ここに、取り上げてみました。

もう、読んだ方には、ごめんなさい。以下抜粋します。

「子の将来は親の育て方次第」という大誤解

完璧な人間にも堕落した人間にもできない.ジュディス・リッチ・ハリス : 教育研究者、東洋経済から。

記事の内容:2000年刊行のロングセラーで、この夏に新刊として改題・文庫化された『子育ての大誤解――重要なのは親じゃない』の著者にして、アメリカの教育研究者、ジュディス・リッチ・ハリス氏は、「子育てにおいて、親の努力はほとんど無駄になる」という。ハリス氏が、子どもがどんな大人に育つかはすべて親の責任であるという「子育て神話」を一刀両断する。

子育て神話

まずは、筆者自身の経験が書かれている。

米国のマサチューセッツ州ケンブリッジで下宿をしていた。下宿の大家はロシア人夫妻で、3人の子どもたちとともに1階に住んでいた。夫妻はお互いに対しても、子どもたちに対してもロシア語で話した。彼らは英語が下手で、ロシア訛りが強かった。

しかし、その子供たちは、まったく訛りのない、近所の子どもたちが話すのと同じボストン゠ケンブリッジ・アクセントの英語を流暢に話していた。

「愛情をこめて抱きしめると、優しい子どもになる」「寝る前に本を読み聞かせると、子どもは勉強好きになる」「体罰は子どもを攻撃的な性格にする」世間でまことしやかにささやかれる移民先の言葉や習慣を親から学ぶことができないにもかかわらず、すぐにそれらを身に付ける。

ほかにも不思議なことがある。

イギリスの裕福な家庭に生まれた男子は、8歳になると全寮制の寄宿学校へと送り出され、その後10年間を学校で過ごす。

それでも、寄宿学校を巣立つ頃には立派なイギリス紳士の行動様式を身に付ける。上流階級のアクセントや立ち居振る舞いは父親そのものである。父親は、息子の成長にちっともかかわっていないにもかかわらずだ。

実は、子どもの性格に決定的な影響を及ぼすのは、親ではない。重要なのは仲間集団だ。家庭から解き放たれた子どもは仲間集団とのかかわり合いの中で、社会のルールや自らのキャラクターを身に付けていく。

社会不適合状態に陥った神童

ウィリアム・ジェイムズ・サイディスは、1898年4月1日、ボストンに生まれた。ゼロ歳の頃から両親による徹底的な英才教育を授けられ、11歳(当時最年少)でハーバード大学に入学。数カ月後には「4次元物体」と題した講演を行い、数学教授たちを驚かせたという。ウィリアムは、まさに神童だった。

しかし、この頃をピークに、ウィリアムの人生は暗転する。彼はやがて修士課程を中退。頭を使わない安月給の事務仕事を転々として過ごした。結局、ウィリアムは46歳で心臓発作のため亡くなった。独身で無一文、完全な社会不適合状態に陥っていた。

ウィリアムのおかれた状況は、仲間との付き合いがないままに成長したサルの状況と似ている。霊長類学の研究によれば、そういうサルは、母親不在のサルと比べても明らかに異常行動が目立つという。ウィリアムもまた、同年代の子どもたちとの普通の関係を知らずに育ったため、社会に適応できず、高い知能をふいにしてしまった。

ウィリアムの例からもわかるように、私たちの思いどおりに子どもを育て上げることができるという考えは幻想にすぎない。あきらめるべきだ。子どもとは親が夢を描くための真っ白なキャンバスではない。子どもには愛情が必要だからと子どもを愛するのではなくて、いとおしいから愛するのだ。

彼らとともに過ごせることを楽しもう。自分が教えられることを教えてあげればいいのだ。気を楽にもって。彼らがどう育つかは、親の育て方を反映した結果ではない。彼らを完璧な人間に育て上げることもできなければ、逆に堕落させることもできない。それは親が決められることではない。

地域によって異なる仲間集団の規範

ラリー・アユソというバスケットボール選手がいる。プエルトリコ代表として2004年アテネ五輪や2006年世界選手権にも出場した彼は、16歳まで「ニューヨーク最悪のスラム」として知られるサウスブロンクスに住んでいた。

成績不振でバスケットボール部への入部が認められず、ラリーは高校を中退。友人のうち3人は麻薬がらみの殺人事件に巻き込まれ、命を落とした。

犯罪の道に今にも足を踏み入れようとしていた彼を救ったのは、スラム街から子どもたちを連れ出し、遠く離れた別の土地に転居させるプログラムだった。転居先はニューメキシコ州の小さな町で、彼は中流階級の白人家族とともに暮らすことになった。

2年後、ラリーは転校先の高校のバスケットボールチームで、1試合平均28点を稼ぐエースとして活躍していた。成績もAとBばかりで、大学進学を目指していた。ラリーは南カリフォルニア大学に進学。卒業後、プエルトリコに渡ってからの活躍ぶりは、先に記したとおりである。

彼がサウスブロンクスの古巣を訪れたとき、かつての友人たちは彼の服装に驚き、話し方がおかしいと言ったそうだ。ラリーの変身は、ラリーを引き取った白人夫婦の功績ではない。ラリーの仲間集団が劇的に変わったからだ。

地域によって、大人の行動様式も、子どもの育て方も違う。らに地域によって、子どもたちの仲間集団が従うべき規範も異なる。ラリーが以前住んでいたような地域では、子どもたちの行動規範は攻撃的であること、反逆的であることだった。

サウスブロンクスに住むラリーの昔の友人たちは、「社会化されていない」わけではない。ほかの地域の子どもたちがするように、彼らは自分の属する集団に自分の行動様式と態度を順応させただけなのだ。ニューメキシコのラリーの新しい友人たちと行動様式、話し方、そして服装が違うからといって、サウスブロンクスの子どもたちが社会化を果たしていないことにはならない。昔の友人たちも新しい友人たちも、異なる規範を掲げるそれぞれの集団で社会化を果たしたというだけなのだ。

ということで、この内容の結果、それに関連して、私が申し上げられる事は、次の通りです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

結論的に言うと、子供の取り巻く周囲の環境が、子供が成長する上で如何に大事か?に尽きるということです。

それを考えると、スイスのボーディングスクールの環境は、素晴らしいです。

設立百年以上の学校が数校あります。

但し、スイスの学校ならどこでもいいというわけではなくて、どのお子さんにもスキキライがあるので、もし、これからスイスへ留学をかんがえていらっしゃる様でしたら、まずは、学校見学又は、サマーコースを体験してみることをご提案します。

日本で、学校の画像を見ただけではわかりません。お客様と同伴してみて、「やっぱり、空気感がわからないから、見に来てよかった。」とおっしゃっていました。

本人が行って、”学校の雰囲気が自分に合っているかどうか、感じることが大切”です。

スイスのボーディングスクールには、日本で言う部活動の様な、文科系スポーツ系クラブももちろんあります。クラブは複数入れるので、其々に仲間が出来ます。授業の先生、クラブ、寮、アドバイザー、日本人がいれば、日本の友達、そして、エージェント、、幾つもの仲間の輪や相談相手がいるので、学校と寮だけの生活という単調なものではありません。

それ以外でも、日本で習い事をしていて、続けたいものがあれば、例えば、楽器やバレエなど、外部からの先生をお願いすることも可能です。

進化しているグローバル教育の、ボーディングスクールのお問い合わせは、以下まで。

近藤 美穂

スイスジャパンサポート

Hägelerstr. 3, 5400 Baden, Swityerland

www.swissjapansupport.com

 

 

 

 

 


高校時代の米国滞在と元英語教師の母の影響~私の思い出の記憶から

母が亡くなって数か月してから、ふと蘇ってきたことについて、ここで書きたいと思います。

2018年春に亡くなった母は、生前、公立中学校の英語教師だけではなく、県教育委員会の仕事、姉妹都市や姉妹校の仕事と、いつも仕事に邁進していた、当時では珍しいキャリアウーマンでした。

県一斉テストも作っていたので、筆記テストだけでなく、口頭の聞き取りテストも自分で録音し、その後の答え合わせをローカルテレビに出演して、解説していたのを覚えています。

彼女の交換留学生の引率の仕事では、中学校生徒を連れて、米国やカナダへ合わせて20回以上は行っていました。

また、私が小学校3年生の夏休みに、母は、奨学金をもらって、英語の先生の為の英語研修に、1か間短期米国へ留学をしたのを憶えています。米国1ドルが、360円位の時代です。

その間、昭和ひとケタの父が、慣れない家事をしたりしたのも、子供ながらに覚えています。父は彼女の仕事に理解ある人だったので、「行って来なさい。」と賛成していたものの、洗濯物を干したり、大変そうな様子でした。

普段の母は、朝早く学校へ赴き、夜遅く帰宅したりしたので(昔の先生は、当直もあり、職員旅行、職員会議、修学旅行、部活と、彼女の人生の大半=仕事に忙殺されていました)、1日のうち、母の姿を見ない日もありました。

そんな中、私が高校2年の夏休みに、家族で3週間のアメリカ横断の旅行をすることになりました。

米国で私達家族は、私と母のペンパルに会ったり、、彼女の知り合いや友達のアメリカ人宅へ数日ずつ泊まりながらの旅です。

母は、幼い頃、戦争を体験して(空襲時に妹を抱いて、防空壕へ逃げたと言います)、英語の教師になったわけですが、当時、今の様な英語スクールはなく、英語は直接宣教師から習ったり、地元一のホテルに通い詰めて、外国人に話しかけることで、英会話を習ったと話していました。そこで、ペンパルや友達が出来て、この米国横断の旅が実現しました。

それだけではなく、交換留学先の学校の知り合いの先生の所へも、足を伸ばしました。

今ほど外国人と接するのも簡単ではない時代でしたが、毎年クリスマス時期になると、米国やカナダから彼女宛てに、50通程のカラフルなクリスマスカードが届いていました。

アメリカ横断の旅の話に戻ります。

今思えば、エージェントが留学を企画して、参加する子供達を募集する代わりに、母がホームステイを自分で企画していた様なものです。

彼女の米国人の知り合いには、中学の教師だけではなく、、大学教授や弁護士、市長などもいて、幅広いインテリ層の人がいました。

イリノイ州へ立ち寄った際には、母の知り合いのイリノイ大学の教授に会う機会があり、彼は私に「大学へ来たらいい。」と言われました。その時、私は、「はい、ぜひ。」と答えてはいましたが、結局、その後、母が何もしなかったことから、それは実現しませんでした。

私が自分から行きたい、としつこく言っていたら、違ったのかもしれませんが、留学とは、特に必然性を感じなければ、また親が子供に強く勧めなければ、中々実現には至らないものだ、というのがここで分かります。その時、母が勧めていたら、今の私は違った道を歩んでいたと思います。

アメリカの旅は、つまり、自家製ホームステイですが、居間のソファをベッド代わりに寝たり、庭にサボテンだらけのテキサス州に住む、私と同年の自分のペンパルの家で過ごしたりもしました。その時、自分の年齢に比べて、アメリカ人の女の子は、何とませているのだろう、と感じたものです。

「これから、キャンプへ行くための準備をしているの。」、と言われて、見ると、寝袋とかではなく、スーツケースにドライヤー等を詰めているのを見て、当時、日本ではそんなキャンプの荷物準備は考えられなかった為、進んでいるアメリカらしいと感じたものです。

留学エージェントのホームステイと比べてみると、母の知り合いを転々としたため、どこへ行ってもウエルカムで、ホテルには殆ど泊まりませんでした。

そんなホームステイ的経験をした後、私が大学生になると、今度は、母が第二の留学先として英国を選び、再び短期留学へ旅立って行きました。

私自身は、20代で、米国のカリフォルニア州へ留学しますが、その時も母の知り合いのアメリカ人達にお世話になりました。

こういう母を持ったことで、自分が今エージェントをしているのは、無意識にせよ、環境が影響しているのかもしれません。

母の退職後、私が朝日新聞に掲載されていた、ライシャワー財団が主催する「日本文化ボランティア派遣募集」をみつけ、母の為に応募してみました。母がそれに選ばれたことで、半年間、ニュージャージー州で、ホームステイをしながら、日本文化を伝えるボランティアもしました。

しかし,母はそれにも飽き足らず、今度は姉妹都市のオマハの知り合いの先生からの紹介で、米国の高校で日本語教師の仕事をしに、一人で1年間アメリカに滞在しました。

その後、私がスイスへ住むようになると、母は、毎年我が家に来ては、まるで、”自分の別荘の様に”、1か月くらい滞在していました。時々、父も一緒でしたが、殆どは一人で来て、気軽に、スイスから色々な場所へも旅行していました。

老後は、スイスの話を書いた自伝まで出版して、知り合いに分けていましたが、地元静岡の書店の店先に置いてあるのを見かけたことがあります。

戦後の日本で、モノがない母の時代では、如何に英語を習得するのが大変だったろうと思います。静岡の教会へ通い詰めて、宣教師から多くを学んだらしく、恩師と言われる宣教師に会いに、カナダへ立ち寄ったりもしていました。私が赤ん坊の頃、宣教師に抱かれた自宅前での写真が今でも残っています。

私が6、7歳位の時は、家族ぐるみの付き合いがあった、米国人夫妻が家に来た時の写真もあり、少なからず覚えています。

そして、私が小学生の時、日曜日に母が日直で学校へ行くというので、一緒に付いて行った記憶があります。そこで、母は、英語のスピーチコンテストに出る中学生の子にアドバイスをしていました。

今思うと、当時、英語を自力で実践習得していった母の努力が、感じられます。現役時代はエネルギッシュだった母ですが、晩年は病気に悩まされてました。

数十年前に、家族ぐるみで付き合っていた米国人のバーバラが、カリフォルニア州の老人ホームへ入居する前に、「家で整理していたら、見つかったから、あなたに返すわ。」と言って、米国から私宛に小包みを送って来ました。小包みを開いた途端、若かりし母の愛情に満ちたものが、感じられました。

それは、私が幼稚園から小学校低学年の頃、描いたり、作ったりしたオリガミや切り絵の綺麗な工作の品々でした。どうも母は、米国人の友人知人らに、自分の手紙を添えて、自分の子供の作品をせっせと送っていた様なのです。それをもらったバーバラは、母の私への愛情を汲み取っていたそうです。

自分の子供に対しては、育児もままならない程、あまり接する時間さえない、職業婦人だった母ですが、そんな当時の母の子供への愛情が、米国人から届いた箱の中から、数十年経って感じられたのは、遠い昔の懐かしさも運んでくれて、不思議な感動さえ覚えた出来事でした。

 

以上、私の母、昭和生まれの元英語教師と、彼女の米国人との長い草の根交流のお話、でした。

 

スイスジャパンサポート

近藤 美穂

 

 

 


スイスサマーキャンプ真っ盛り! 猛暑から避暑出来るのもスイスの魅力。

7月~8月にかけて、スイスの私立寮制学校が主催するサマーコース(又はキャンプ)が真っ盛りです!

ここ、スイスに世界中から子供達がやって来て、夏休みを色々な国籍の子供とスポーツをやったり、語学学習をしたり、エクスカージョンへ出かけます。

夕食後には、アクティビティも盛りだくさんで、最低2週間を学校の寮で過ごします。

初めから全く1人で日本から来る子もいれば、最初はグループで参加するという子供もいます。

グループの場合は、添乗員さんが日本から子供達wp連れて来ますが、一人の場合でも、航空会社の同伴サービスを使えば、空港に学校スタッフや私の様なエージェントも待ち構えていますから安心です。

「小さな子には旅させよ。」、とはよく言ったもので、現代の日本では、のほほんと過ごしている子供も多いので、”小さいうちだからこそ、ヨーロッパをぜひ経験させてあげたい!”というのが、弊社エージェントの願いです。

”日本という国は、ある種特殊な国”なので、世界の子供達と触れ合い、ヨーロッパを見て、少しでも刺激になって欲しいと思っています。

グループで来ると、個人で来るのとは違いますが、最初の一歩として、活用して欲しいなと思います。もちろん、日本の子同士でも友達になって帰るので、グループのいい面もあります。

日本の夏は、猛暑で、外へ出るのも大変なので、そういう意味でも、避暑を兼ねて、海外へ子供を送るのは、いいアイデアだと思いませんか?

感受性の鋭い幼少期に海外へ行くことで、色々な気づきがあります。

「日本人は英語がすぐに上達しない、日本は、海外進出が得意ではない,etc」の理由から、今の子供達には、早くからどんどん海外を見て、海外、英語、外国人には慣れて行って欲しいと思っています。

なぜ、遠いヨーロッパへ、というと、先に遠い、近づきがたいヨーロッパを見てしまえば、あとは、大人になってからでも、近場の米国やオセアニアは簡単に行けるからです。

実は、最近、スイスサマー留学が人気浮上してきて、逆に過熱してほしくないな、と密かに思っているところです。日本人はすぐ、押し寄せてくることがあるので、、、。

*ご相談は、スイスジャパンサポートの近藤まで、どうぞ。

 


”子供は社会から影響を受けて育つ、社会の子”

スイス・サマーコースや正規留学を考えている保護者様とお会いして感ずるのは、お母さんたち

が口をそろえて、「生きていく力を育んで欲しい。」という本音です。

 

日本の義務教育も変わってきた(小学校から英語を導入する等)とはいえ、現代の変化の目まぐ

るしい社会では、学校でやっていることが今の時代にあっていない、と思うこともあります。

 

子供は、”社会の子”。無意識のうちに、子供たちは社会から影響を受けて育っています。

例えば、スイスのサマースクールに、日本からグループで、毎年、子供たちがやって来るのです

が、彼らの話ぶりを聞いていると、時々、はっとさせられて、”今の日本を反映しているナ”と感じ

ることがあります。

 

特に、都会のど真ん中から来る子供たちが多いので、余計そう感じて、その子供の発言から、”こち

らで育った子供では、たぶん、出てこない発想だナ”、と私は思ったりしています。

 

子供たちの社会環境で見るもの聞くもの、すべては、イマジネーションを抱かせ、それが思いや考

え方、そして、無意識な行動にまで繋がっています。

 

日本人の家族といえども、海外で生活し、子供たちが海外現地の学校へ行けば、当然その子は、日

本人離れした子供に育ちます。どの社会や教育環境によって、考え方や風土が異なるからです。

 

現代は、TVでハーフタレントという人たちが沢山みられますが、彼らも日本で育っているので、

外国人ぽい容姿でも、中身は日本語を話す日本人です。

 

私の娘は、スイスと日本のハーフで、今日本で生活をしていますが、彼女が、あるレポートに書

いていた、欧州と日本の違いを分析していた内容が面白かったです。

私は、かねてから、日本社会の特徴は、”世間”という言葉に集約していると思っていました。

彼女は、日本では集団の中の自分、周りを見ながら自分を出すという、集団主義と、西洋的な個人

主義の違いを指摘していました。

 

さて、スイスのボーディングスクールの話に移ります。

スイスの学校を訪問していて、日本の学校との違いを並べると、テンポの違いがあります。

だらだらしている時間が全くないことです。忙しくて、学校の休みとのメリハリがあります。

ある期間までに、これをやる、というのが明瞭なので、オンとオフの切り替えが非常にうまく出来

ています。

日本の学校が100%悪いとか、スイスの学校が100%いいとは言いません。両方に良さがあります。

 

但し、子供の将来を考えた場合、発想力が育まれる教育環境、充実した時間、海外の友達作りと

海外ネットワーク、英語力を蓄え、生きる力を育み、日本と海外(西洋)の違いを考える、、、

等、様々な要素が盛り込んで、感じ、考え、学ぶ、体験する場が、留学です。

 

ここで、何がいいたいかと言うと、いい教育をさせるというのは、結局、子供への発想力に繋が

り、それには環境がとても重要だということです。

スイスボーディングスクールへの教育投資=不動産投資、つまり、ほぼ同じくらいのレベルなので

す。長い目で見て、子供への投資をする。

幼少時に海外を体験することで、将来の財産になるスイス留学をお勧めします。

 

 

スイスジャパンサポート

近藤 美穂


ポッドキャスト”未来授業”中沢新一氏のお話で思ったこと。

ポッドキャスト番組に”未来授業”というのがあります。

内容は、未来はどうなるか、について、各分野の専門家が、講義をするもので、その人が、あるテーマについて、どのように考えるか、を話すので、とても面白い番組です。

分かりやすく引用すると、”日本が世界に誇る各界の「知の巨人」「次世代の知のフロントランナー」を講師に迎え、未来の日本人たちへ送るアカデミックな授業をお届けします。若い世代が社会の主軸となる「10年後の日本」を生き抜く智恵を探ります!”です。

2018-03-15にアップデイトされたこの音声の番組の中で、思想家で人類学者の中沢新一さんのお話(第4回)が面白かった事から、それをご紹介し、感じたことを書きます。

テーマは、2020その先の東京、です。最新刊「アースダイバー、東京の聖地」で
2020年に向けて再開発が進む、築地と明治神宮周辺を取り上げました。
有機体のように日々変化する東京の街は、いったいどこに向かうのか。

https://www.tfm.co.jp/podcasts/future/detail.php?id=23762

 

この中で印象に残った内容部分を簡単に要約します。

”今の東京の再開発を見ると、伝統の原理を見ないで、破壊したり、頭の中で作ったイメージだけでただ作っているが、本当に東京が目指さなきゃいけないのは、一番重要な伝統の核心部に、新しい要素を組み込んで、進化系にしなくてはいけないこと。100年とかの大きいスパンで考えて、見て行かなければいけない。”

”明治~大正にかけて、西洋の文化や技術が流れ込む中で、明治神宮や東京駅を作ってきた人々は、皆ヨーロッパに留学した留学組で、日本文化が体内にセットされていたのを、ヨーロッパで学んできたこととをうまくミックスして、あの様な素晴らしいものが出来上がった。”

 

 私見。。。やはり、この体内の日本文化とヨーロッパで学んだことの「ミックス」こそ重要で、の言っていることのポイントです。どちらに傾きすぎても、ダイナミックで、未来に素晴らしいものは生まれないのです。

例えば、「洗練」という言葉を考えた場合も、まさに伝統とその時代の新しさやその他のセンスがミックスされることで、更に飛躍があるということでしょう。

海外留学を考えてみた場合も、同じで、ただ、そこで学習したことを西洋かぶれだけで終わらせずに、自分の中の日本とがミックスされることで、より一層高次の次元へもたらす技術だったり、アートだったりが生まれるのです。

西洋と日本の良さの両方を生かしてこそ、新たな可能性が生まれる。

留学生の皆さんにも、それをぜひ伝えたいと感じた放送内容でした。

 

近藤 美穂

スイスジャパンサポート

 


アグネスチャンさんの教育法から学ぶこと。

“日経デュアル”というメディアから、アグネスチャンさんの教育についてのインタヴュー記事が掲載されていましたので、ご紹介します。

そこから、私達が読み取れるもの、私が感じたことを書きたいと思います。

実は本にも書いていて、この記事自体は少し古い(2016年)のですが、分かりやすく書かれているので、ここに抜粋して、ご紹介します。

http://dual.nikkei.co.jp/article/086/87/

アグネスチャン「私は教育ママ宣言をします。」が、記事のタイトルです。インタヴュー(上)子どもの可能性を120%伸ばし、息子3人をスタンフォード大に入れたがサブタイトルです。

 

1.学校に通って教育が受けられること自体が「恵み」

水もなく食べ物もないアフリカの国を訪れたとき、「今、何が一番ほしい?」と親達に聞くと、 5人のうち4人は「うちの子を学校に行かせてください」と言いました。彼らは教育は子どもの将来への鍵だと考えているので、「今日食べるものよりも20年先にわが子が今と同じような状況にならないように」と願うんです。

日本の大学はお金がかかりますが、アメリカに比べるとまだ安いほう。無償の奨学金もある社会ですから、ぜひやる気を起こしてありがたく教育を受けましょう。私は皆さんに「教育ママ宣言」をしてほしいです。

2.“チャイルド・ファースト”を夫婦で考え、インター校を選んだ

学校のためでもない、親のためでもない「この子のためだ」という教育が一番大事だと思ったんです。そのときから既に国際化といわれていて、どこでも通用する人間を育てるためには国際的な心はもちろん、英語も必要かな、と。

それで最終的に、多くのインターナショナルスクールの中でも一番日本語教育に力を入れている西町インターナショナルスクールを選びました。当時横浜に住んでいたのですが、学校まで歩いて行けるようにしたいと、学校周辺で土地を探し引っ越しもしましたね。

3.スタンフォード日本人枠は空席 中国人、韓国人のほうが入学に熱心

―― アグネスさんのように、自分の子どもをスタンフォード大学に入れられたらいいなと思いますが、日本の学校へ行っていて、急にスタンフォードに入るのはやはり難しいのでしょうか。

アグネス うーん、やっぱり英語力が大切なので……。子どもに英語力をつけてあげれば、不可能ではないと思いますよ。学校としては全世界からバランス良く学生を集めたいと思っている。でも、日本人枠は空席。今は日本からの留学生は少ないので有利なんですよ。

―― 日本の留学生が少ないのはどうしてでしょうか?

アグネス 申し込んでこないからですね。最初から無理だろう、授業料が高いんだろうと諦めてしまう方が多い。あまり事情を知らないからというのも大きいでしょうね。

実際、日本には優秀な方がいっぱいいらして、国内の難関校の試験に通るんだったら、本気になればスタンフォードだって全然夢ではないと思うんです。英語力が大切と言いましたが、中国や韓国の留学生はいるけれど、正直言ってそこまでネーティブでない人達でも、その他の得意科目などでカバーして入れています。

4.「7帝大、12大、新卒入社」なんてスケールが小さい! 子どもの夢の幅を狭めているのは、親の想像力の乏しさ

―― そこまでネーティブじゃないアジア人も頑張って入っている。日本はどうしてもガッツというか、競争力の部分では負けがちなんでしょうか。

アグネス 親の想像力が足りないんだと思います。日本の親は「7帝大、じゃなければ12大学」など自分の中でスケールを決めてしまっている人がとても多い。

外国へ行かなかった人に理由を聞くと、「外国の大学に行ったら、戻ってくるときは就職が1年遅れになる」とか、要するに就職戦争の中に入れないとか、日本の大企業の中に入りにくいとか、そういう心配をしています。

でも実際は、私の友達やうちの子の友達も帰国後に日本で就職しているけれど、記者になったり、外資系の有名企業に営業力や国際性を買われたりして、とても高収入の子が多いんです。

「君はこれが向いている」「君はこれがいいんじゃないの」と勧めるのもいいけれど、子どもには無限の可能性があるんですから、スケールの小さい話をしないで「子どもが本当は何をやりたいのか」ということを聞いて、その子の夢を応援してあげてほしいですね。

27年前私がスタンフォードへ留学したとき、アップル社の試験的なコンピューターを2歳半の長男が触っているのを見て、正直言ってこんなの本当にはやるのかなって横目で見ていました。

当時Eメールとかも分からなくて大変な苦労をしたんですが、当時からすると今は想像をはるかに超えた世の中。 DUAL読者の子ども達が社会に出ていく20年後もきっと親世代が想像できない世界が待ち受けているのです。

親の限られた想像力で子どもの将来を決めない、夢を小さくしないということもすごく大切です。いつも最先端を目指したほうがいいと思います。

5. 英語は知識を得るための必要ツール。第二言語として習得すべき

―― 日本の7帝大、12大を出て、同じような黒いスーツを着てリクルート合戦というのは、アグネスさんからすると、子どもの可能性に蓋をしてしまうように見えるんですね。

アグネス 日本にもとても優秀な企業がたくさんありますし、子どもがすごく望んでいればそれで十分だと思うんですけどね。でももう少し、子どもに対して可能性や夢の幅を広げてあげてもいいかなと思うんですね。

英語だってすごく好きな子もいれば、どうしても受け付けない子もいる。得意なことはどんどん伸ばしてあげればいいと思うんです。

英語を学ぶのはもちろん大人になってから有利ということもあるけれど、世界の知識のほとんどは英語に訳されているので、活用できるなら知識量がものすごく増えます。

さらに、やっぱり世界で一番多く話されている言語ですよね。私は第二言語を学ぶのであれば、まずは英語かなと思います。

―― 「夢の幅を広げる」というのは、アグネスさんご自身もお母さんになられてからスタンフォードに留学されています。ものすごく貪欲に勉強されたんですよね。

3人の息子さんをスタンフォード大に入れたというのももちろん偉業ですけど、まずお母さんご自身がスタンフォードに入っているということ自体、頭のいいご一家なんだというのが実証されているようです。

 

私見。。。「7帝大、12大、新卒入社」なんてスケールが小さい!子どもの夢の幅を狭めているのは、親の想像力の乏しさ、という箇所に共感します!

日本だけにとらわれていたら、想像力は広がりません。小さいころに海外に行かせて、ダイナミックな世界を見せることで、子供の想像力はたくましくなって、どんどん広がりを見せて行きます。

もちろん、国際結婚して、国境を跨いで活躍しているアグネスチャンだからこそ、インターナショナルな想像力が簡単に描けたこともあります。

親御さんが日本しかよく知らなかったとしても、子供の可能性を広げていくことは可能です。

そこはエージェントがお手伝いして、教育ママのアシストをします。

鎖国が続いた日本の歴史からは想像がつかない程、今やハイスピードで、海外との関係が進んでいます。ユニークな視点を持つことの重要性は、今後益々必須となり、それは海外留学という体験によって培われ、磨かれていきます。

日本の将来や未来を担う子供たちには、ぜひ、海外体験をして欲しい!と強く願っています。

近藤 美穂

スイスジャパンサポート


海外留学の神髄とは?

あるカウンセラーがラジオでも話していたのが、印象的でした。

それは、”誰でも才能があるが、それを一生の間に自分で自覚して見つけて、生かす人は少ない。

よほど、地殻変動でも起きない限り、平凡なまま、見出すに終わってしまう。地殻変動とは、

近親者が亡くなったり、離婚したり、失職したり、思わぬ出来事がそのきっかけになることも

ある。が、海外へ行ったり留学することで、それが起きることがある。”、という話です。

 

若いころに、将来本当にこれをしたい=というのが見つかるのは、限られた人に起こることと

言いますが、親にある程度の経済力があれば、子供のうちに、海外留学も含めて様々な経験をさせ

ていくことで、それを見出す環境を与えてあげることは可能です。

 

親はきっかけを与えてあげて、海外留学のスタートが早ければ早いほど、一生をかけてしたいこ

とが見えてくるはずです。

 

私の思う海外留学の究極の目的は、西洋かぶれになるのではなく、西洋で学習したものを、

日本に戻って来た時に、日本的なアイデンティティと日本的な体内のコアを融合して、創り上げる

ことだと思います。

留学は、西洋の教育システムで、英語を通して教科を学ぶわけですが、それは道具に過ぎませ

ん。それを使って、卒業後どうするのか、実社会で利用して、それを土台に進化させていくのがそ

の子供や人のクリエイティビティにかかっています。

 

海外に生活するというのも同じです。

ただ、その国に住んで馴染むだけでは何も生まれません。長く住めばいいというわけでもなく、そ

の人がその環境にいて、どう解釈するかにかかっていると私は思うのデス。

日本というバックグランドや今までの経験を生かして、その土地のものとミックスしなかったら、

あまり意味がないと思います。

だから、言語がいくら話せても、それで、、、それを使って何をどうするのか?

の方が重要と私は考えます。

 

日本の中にいると、価値観の多様性が想像出来なかったりするので、子供にはその子が健康で、

少しでも英語が出来たり、興味が持てたなら、一度は、夏休みだけでも構わないので、海外へ避暑

を兼ねて送り、様々な国の子とコミュニケーションして欲しいなと願います。

 

きっと、留学することで、今まで気づかなかったことに気づけたり、体験出来ると思います。

 

スイスジャパンサポート

近藤 美穂


「小学校の英語教科化」が直面する4つの課題」東洋経済オンラインから~

「小学校の英語教科化」が直面する4つの課題

 

東洋経済オンラインで目にしたのが、こちらのテーマです。

ラボ教育センター 教育事業局長、木原 竜平 という方が、2017年12月21日付で書いています。

http://toyokeizai.net/articles/-/201962?page=2

 

これを読むと、日本の小学校から英語を学ぶ背景に、現場の先生たちの大変さが伝わってきます。

以下ポイントをここで抜粋して概略をご紹介してみます。

 

2020年、日本の英語教育に大きな転機が訪れます。

この年から、小学3、4年生では外国語活動が、5、6年生では外国語科が始まるのです。日本の公立

学校では外国語とはすなわち英語ですから、2020年からは、英語が小学校で教科に「昇格」するわ

けです。

とはいえ、英語活動は教科ではないため、教科書もありませんし、成績もつきませんでした。さ

て、今回文部科学省が発表した新学習指導要領では、英語は教科になるため、教科書が用意され、

通知表にも成績がつくようになります。

これまでの活動では、英語に「慣れ親しむ」ことが目標でしたが、教科では「できるようになる

(定着する)」ことが目標となってきます。そして小学3、4年生では、これまで小学5、6年生で行

われてきた英語活動が必修となります。

1つ目は、小学校で英語を学ぶ意味が明確でないということです。

「グローバル化=英語化」であるとあおり立てるような教育では、これからの社会の中で真のグ

ローバル市民として活躍する子どもたちを育てることはできないでしょう。

英語さえできればグローバル市民になれるというわけではありません。

グローバル市民を育てるには、何よりも世界の多様性、人間の多様性、言語と文化の多様性を認識

する教育が必要です。いま一度小学生年代で英語を学ぶことの意味を、学校や保護者が把握し、社

会全体で共有する必要があります。

 

2つ目は、教科書と教え方の問題です。

文科省は今秋、新要領に対応した小学5、6年生の教科書『We Can!』(2020年までの移行期間向

け)を発表しました。たとえば、新教科書では(小学3、4年生での英語活動も踏まえたうえで)耳

で聞いた英語音声を読む・書く活動を行うことになっています。

 

3つ目は、指導者研修の問題です。これまでの小学校教員の中で英語の指導を学んだことのある人は

ほとんどいません。現場の先生たちに調査(文科省2017)すると、小学校教員で英語教員免許を

もっている人はわずか5%です。また、海外での留学経験のある先生も5%でした。

もう1つは、評価の問題です。前述のとおり、英語活動から英語科になると、通知表に評価がつくわ

けですが、前例がないだけに、評価の基準を設けるのは容易ではないはずです。

・_____・_____・_____・____・_____・_____・_____・

 私見。。。この記事の小学校での英語教育導入について、個人的な意見は、「ようやく、やっと

そこまで来た!」という感じがシマス。

よくわかっていらっしゃる親御さん、弊社のお客様であれば、小学校の夏休みのうちから、毎年、

スイスのサマーコースへお子さんを送って、実践と避暑を兼ねて、すでに体験させているからで

す。

とりわけ将来、お子さんに経営者として、家族経営を継いで欲しいと望んでらっしゃる親御さんと

もなれば、普通の学校教育がやることを待っていられないので、もう素早く行動に移していらっ

しゃる、ということなのです。夏休みの後は、正規留学させるというパターンも、もちろんあります。

日本の学校教育を否定しているのではなく、いいところも沢山あります。

日本の中だけにいても、価値観が多様化されないので、日本の子供たちこそ、若い時に、海外経験

をさせてみることで、いい刺激になるし、行動力もついてくると思います。

まずは、欧州という遠い場所へ来ることで、外国イコール米国、外国語イコール英語、外国人

コールアングロサクソン系だけではないことを知って、体験して欲しいです!、更に、欧州文化歴

史にも触れて欲しいですね!

英語はあくまでもコミュニケーションツールなので、外国に来たら、綴りと文法ばかり気にする

のではなく、世界の国から来ている子供たちと触れ合うことこそが最初の目的です。

 

スイスジャパンサポート、近藤


カナダと比較して、スイス留学の醍醐味とは?

カナダのバンクーバーで暮らしていた人と話をしていて、スイスの場合と比較して思ったことがあります。彼女が留学生と関わって現地で仕事をしていた当時の生活と、スイスとを比べた時の印象です。

1. 共通点

  •  まず、冬の寒さはあまり変わらなかったりするそうです。カナダもスイスも冬は、 ウインタースポーツが盛んで、スキーやスノボ―をして楽しみます。場所によっては、カナダの方が気温が下回る様です。
  • 交通機関が便利で発達しているので、バンクーバーの様な町では、車がないと移動できないことはないということで、スイスもそうです。

 

2.今度は、例えば、日本からの留学生について考えてみた場合、どちらの国へ留学した方が勉強になるか?と思って、聞いてみました。

すると、結論的には、スイスの方が、刺激がある、と言われました。なぜか?

 

まず、概して、カナダ人はフレンドリーといいます。これは、統計からも周知の通りで、私自身のカナダでの体験もそうです。

更に、バンクーバーには香港からの移民が沢山住んでいます。そこで、カナダ人は、彼らの英語にも慣れているので、変な顔をしないで対応してくれる、とのことです。

それを考えると、欧州のスイスでは、話されている言語は、公用語以外にも沢山あり、移民だけでなく、難民も沢山います。 どの人と話すかによって、バックグランドの歴史や文化があるので、ただフレンドリーというよりも、言語だけではなく、どう対応するかというコミュニケーションスキルが必要になります。つまり、誰と何をどんなシチュエーションで話すかを、意識して、コミュニケーションする必要があるのです。

これは、スイスにある多国籍企業でも同じで、ミーティングの際に、参加するメンバーを見て、ファシリテーターが、「さあ、今日は、スイス語にしますか、ドイツ語で話しますか、とか、英語にしますか?」、とか、まず言語の選択から入ります(私自身の経験から)。

多民族国家なので、こうやって、組織内のコミュニケーションが機能します。

スイスはヨーロッパの真ん中に位置するので、ヨーロッパ系の人が多いのは当然です。統計的に、スイス人の3人に1人は、外国にバックグランドを持つ親の下で育っています。言語の裏には、文化歴史があるので、ヨーロッパの国がモザイクの様に成り立っていて、スイスはその中でも特に、様々な国際色豊かな人々が住んでいます。

そんな様々な文化や歴史が背景にある国々の子供たちが、ボーディングスクールに集まって来ます。もちろん、他の大陸、北アメリカ、南米、アジアからの生徒も来ます。

その国のバックボーンをリスペクトすることが、国際教育のベースとしているので、一つの国で、単にフレンドリーに接していればいいという単純な公式は当てはまりません。

世の中、グローバル化が進んでくると、ネイティブ以外の人が英語を使って、コミュニケーションする機会が増えます。例えば、ヨーロッパ人同士は、ビジネス等のシチュエーションで英語を使ってコミュニケーションします。その国のアクセントや訛りがあっても、何を話すかが重要なので、あまり気にしません。

ということで、今回は、コミュニケーションについて、少し書いてみました。

 

特にスイスのボーディングスクールでは、1.英語は、ネイティブの先生が教えるが、ツゥールとして、ネイティブのものだけではない、2、現地で他の欧州言語(フランス語やドイツ語等を選択または義務)も同時に習い、覚える、3、日本人としてのアイデンティティ維持とIB学習等の為にも、日本語学習を持続することが理想的、というポイントがスイス留学の特徴となります。

 

近藤

スイスジャパンサポート

 

 

 

 

 

 

 

 


小泉進次郎氏の対談抜粋~海外留学の重要性~

“これから、日本には「人生100年食堂」が必要だ”と題した、
特別対談:リンダ・グラットン×小泉進次郎が、東洋経済新聞社のオンライン記事(2018年01月01日付け)に掲載されていました。http://toyokeizai.net/articles/-/202617?page=6

興味深い内容だったので、ここにご紹介します。

まずは、この対談に至る紹介を記事より抜粋です。『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』の著者で、英国ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏。そして、自民党「人生100年時代戦略本部」事務局長で、『人生100年時代の国家戦略』に500日間にわたる激論の様子がつぶさに描かれた小泉進次郎衆議院議員。英国の心理学者と日本の政治家という異なる立場から、超長寿化に向かう日本社会の問題点と制度設計について語り合う。

ここでは、特に小泉氏の海外留学に対する見解について述べられている点を抜粋してご紹介します。

小泉:僕は3年間、アメリカで生活しました。大変だったのは、静かにしていることは、評価されることではないということです。自分自身を変える努力が必要だった。大事なのは、英語がうまいかどうかではなく、自分が何を考えているのかを伝え切る努力をすることでした。そして、手を挙げること。私はここにいるという証明をすることです。

海外留学をして、真の多様性とは何かということも理解しました。僕はよく若者たちに「自分が外国人になる経験をしよう」と話しています。自分が外国人になる。つまり自分がマイノリティになるということです。

すると、いままで当たり前だと思ってきたことが、当たり前ではなくなり、日本の常識や価値観は、ワンオブゼムだと理解するようになる。語学を学ぶ以上に圧倒的に大事なことです。

グラットン:おっしゃる通りです。経験の幅を広げ、他国を知るだけでなく、自分がマイノリティになる、これはとても重要なことだと思います。100年生きるのならばそのチャンスがあります。ぜひ若い人々には旅行してほしいと思います。日本が世界標準のものをつくろうと思ったら、まずは世界を理解するところからはじめなければなりませんから。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

このように、小泉氏の留学経験と海外留学の大切さについて語っており、同感です。言語のうまさそのものではなく、中身を鍛えること、どう伝えるか、自分が外国人になる、といった経験をすることの重要さを話しています。

皆さんはどう思われましたか?

スイスジャパンサポート

近藤